大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森家庭裁判所 昭和45年(少)836号 決定

少年 M・I(昭二六・一二・一一生)

主文

この事件について少年を保護処分に付さない。

理由

一  本件非行事実は、「少年は、昭和四五年一〇月二一日、一〇・二一国際反戦デーの一環として開催されたベトナム革命勝利等街頭デモに参加したものであるが、同日午後五時一三分ころ、○○市大字○○×丁目×の×○○魚店前路上において、右デモに際する弘前警察署長の道路使用許可条件に反して所携の旗竿を横に持つて行進したため、右デモを警備中の弘前警察署巡査○木○夫が少年に旗竿を立てるよう警告したところ、少年は、右旗竿で同巡査の左肩を一回殴打し、さらに、右足で同巡査の左足ふくらはぎを一回蹴りつけ、もつて同巡査の職務の執行を妨害したものである。」というにある。

二  しかし、本件非行事実については、以下の理由により、結局、少年に暴行の犯意が存在したことの証明がないことに帰する。すなわち、証人○元○、同○木○夫および少年の当審判廷における各供述ならびに司法警察員○○一○作成の現認報告書の謄本および押収に係る竹竿(昭和四五年押第四四号の四)を総合すると、少年は、昭和四五年一〇月二一日、約二三〇名からなる前記デモの先頭旗持ち集団約一〇名の一員として、弘前反戦の旗をかかげて参加したこと、デモ隊は、出発当初から、ジグザグ行進や旗を横に持つ等の行動を繰返していたが、同日午後五時一〇分ころ、○○市大字○○×丁目×の×先道路に至つた折、交通の停滞を生じさせたので、道路中央付近に隊列を組んだ機動隊約四〇名により道路の左端に実力規制されるとともに、デモ隊員中の二名が道路交通法違反等の罪で現行犯逮捕されたため、現場が一時騒然となつたこと。そのころ、少年を含む先頭旗持ち集団は、右同様の規制に対し、機動隊員と押し合い圧し合いしつつ、前進または停滞を繰返す等、相当に混乱した状況の下にあつたが、全体としては徐徐に前進していた折の同日午後五時一三分ころ、同所○の○付近道路において、その集団の中央右端にいた少年が旗竿を右斜に持つているのを現認した弘前警察署巡査○木○夫が、これを直立させるべく少年の右斜横から右旗竿の先端部分を両手でつかみ押し上げようとしたので、少年は、これを上げさせまいと斜に押し戻していたところ、たまたま、同巡査が旗竿から手を離したため、その瞬間、右旗竿が同巡査の左肩に一回当り、かつその直後、前に踏張り出していた同巡査の左足のふくらはぎに少年の右足が一回当つたこと。そこで同巡査は、時を移さず少年をデモ集団からひきずりだして、公務執行妨害罪の現行犯として逮捕したこと。ところで、少年の所持していた旗は約一四〇センチメートルの大きさで、これを竹竿に結び、その竹竿を押収に係る竹竿(昭和四五年押第四四号の四)の先にきつく差し込んだものであつたが、前記逮捕の直前ころ、旗が付近の警察官の肩にひつかかつたりしているうち、その先端竹竿部分とともに抜け落ちたことが認められる。以上の事実によると、右○木○夫巡査の肩に旗竿が当り、さらに、その足に少年の足が当つたことは、いずれも少年が同巡査を殴り、蹴つたのではないかとの一応の疑いが生ずる。しかしながら、少年は、旗竿を持つていたところ急に旗のなびいた先端を引つぱられ、下へ引き込まれると同時に身体が警察官の方へ引きずり込まれて逮捕されてしまつたものであつて、右巡査を殴り蹴りしたことはなかつた旨、弁解するところであるが、前認定のごとく、少年の同巡査に対する右挙動は、現場の非常な混乱状態のもとにおける一瞬の間の出来事であり、かつ少年が逮捕された前後の状況を併せ考えると、右の弁解をあながち否定しさることもできないばかりでなく、かえつて、少年の同巡査に対する挙動はいずれも混乱にまぎれての少年の無意識下の反射的挙動(同巡査が旗竿から手を離した反動として肩に当つたとか、踏み出した足が、偶然、同巡査の足に当つた等)ではなかつたかとの重大な疑念が残るところである。そして、司法警察員作成の現行犯人逮捕手続書、公務執行妨害被疑事件発生報告書および同○元○作成の現認報告書の謄本は、いずれも前掲各証拠に照らし信用できず、他に、右疑念を解消し、かつ少年が右○木○夫に対し、故意に暴行を加えたことをうかがうに足る資料もないところであるから、当裁判所としては、未だ、本件における少年の暴行の犯意を肯認するにつき確信に至るまでの心証を得ないものである。

三  してみれば、本件非行事実は犯罪の証明がないことになるから、少年法第二三条第二項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 畑瀬信行)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例